腹圧性尿失禁(尿道過可動)
疾患の特徴 腹圧性尿失禁には、2つのケースがあります。
一つは、恥骨から尿道までの靭帯・筋膜が損傷することで、尿道が膣側に落ちてくるもの。これは尿道瘤という外見をしめします。尿道が過剰に移動するようになりますので、尿道過可動といいます。
もう一つは、尿道そのものが弱ってしまうことです。尿道は幅が1cm前後という薄い組織ですが、その中に筋肉があります。この筋肉が弱くなる現象で、見た目では尿道が細くなっているのがわかります。これを、内尿道括約筋不全といいます。
このページでは、尿道過可動について解説をします。
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原因 出産中から咳とともに尿が漏れるのは、尿道過可動です。ただし、論文報告上ほとんどの人が出産後に改善をします。これは、大きくなった子宮に圧迫され膀胱と尿道が偏移(位置がずれること)して、あたかも尿道瘤のような位置に尿道が来るからです。しかし、もともと骨盤底の筋肉(この場合は、骨盤隔膜になります)が弱い人では、妊娠により恥骨尿道靭帯が弛緩して、そのまま戻らない場合があります。このため、帝王切開でも尿道瘤になり、腹圧性尿失禁を示します。また、経腟分娩をすることで、恥骨尿道靭帯が損傷(きれてしまうこと)がおきますと、完全に尿道瘤になってしまいます。この損傷の程度により、出産直後から大量に尿が漏れる腹圧性尿失禁になる人や、閉経になるまで尿のもれが少しで済んでいたのが女性ホルモンの低下により尿道瘤が完成して重症の腹圧性尿失禁を呈したりします。尿道瘤はでてきても最大でもウズラの卵程度です。それ以上に大きくなってきた場合は、膀胱瘤を伴っています。恥骨尿道靭帯の損傷程度によりますが、健在している靭帯の面積が大きければ骨盤底筋体操での改善は見込め、少なければあまり効果がありません。
診断 初診時に膣から医師が指を入れて必要な部分に押し当てます。多くは、尿道の両脇に指をそえて、その時に、患者本人が咳払いなどの腹圧をかけて膀胱瘤の程度を診る内診が必須です。膀胱瘤を合併しているかどうかも重要で、左右のパラバジャイナルデフェクトの確認もします。MRI検査では、尿道の長さ・厚みの測定、恥骨尿道靭帯、恥骨尿道直腸靭帯の損傷の有無を見ます。また、恥骨子宮頸部の距離、恥骨肛門括約筋の距離などの距離を比較することにより膀胱瘤の周囲の筋膜組織が軽度な損傷なのか重大な損傷なのか理解することが可能になります。膀胱瘤では膀胱三角部という神経が最も多い場所が膣へ脱出します。このため頻尿になるケースが多いのですが、多くは血流動態が停滞するからです。尿道瘤の程度を表すのに簡易的な方法としてQチップテストというのがありますが、多くの施設では行われません。また、尿道がレントゲンで映りにくいことからチェーンを膀胱尿道に挿入してレントゲンを撮るチェーン膀胱造影という方法もあります。尿道の圧力と膀胱の圧力を測定できるプレッシャーフロー検査は、尿道を手術により持ち上げた場合に、改善がみこめるかどうかわかります。
一般的な治療 軽度の状態であれば、生活に支障がありません。現在の治療のスタンダードが尿道を固定するポリプロピレンテープの挿入で、TVT(お腹にメッシュテープを出すもの)とTOT(足の付け根にテープをだすもの)です。この侵襲的な手術を考えると、どこで重症と軽症かの線引きは難しいとされてきました。一般に使われる報告では、1時間のパッドテストが30gを超える場合が、人工テープ挿入の患者の方が、そうでないときよりも満足感が高いとされます。また、15g未満の場合は、テープの副作用などの問題から、テープを挿入した方が不快感が強い場合が多いと報告があります。尿道に固定するテープは、この技術は決して副作用が少ないとされているわけではなく、米国FDAの統計では2%前後の患者に重大な副作用が認められています。骨盤臓器脱に対するポリプロピレンメッシュの場合は、面積がおおきいこともあり、同じ材質でありながら米国FDAは22%副作用報告を出し、手術材料そのものが米国内での発売禁止になりました。副作用が出現したあとでメッシュを摘出することが必要ですが、その手術は困難があり周囲の組織を切除することになり、再び強い腹圧性尿失禁に悩むことになります。また、尿道テープを挿入すると、その刺激により過活動膀胱になることも報告されています。なお、テープ型のメッシュを短くして両端に釣り針のようなものをつけるMidurethral tissue fixation system (TFS) slingは米政府から警告が出ており、お勧めできません。
自家移植手術(筋膜スリング)の利点と欠点 この方式の場合は、腹部の皮膚を切開し、中から筋膜を取り出してメッシュの代わりにします。これを、筋膜スリングといいます。しかし、そんなに大量にはサンプルを取り出せないので、せいぜい8cmが限界です。しかし、手術に比較して3つの大きな利点があります。①異物がはいりませんので、拒絶反応がありません。このため、感染症、疼痛、随伴症状(頻尿など)が圧倒的に少ないです。②メッシュ手術、とくに腹腔鏡手術ではメッシュで釣り上げる際に角度が付きすぎることがあります。このため尿閉になることがあります。これに対して膣壁から侵入しご自身の筋膜で補強した場合は、この部分だけが極端に強くなるということはありませんので、腹圧性尿失禁はまずありません。③どちらの手術も術後すぐに動くことができます。しかし、数年しますと、メッシュ手術の方は副作用の心配がでてきますが、筋膜の場合は移植組織の劣化がおきます。つぎに、移植手術がメッシュ手術に比較して再発率が高いとよく耳にしますが、実際はそのことを証明した論文は一つしかなく、ほぼ変わりませんでした。最後に、TVT手術と筋膜スリングをあわせたハイブリッド型という考え方が出てきており、注目にあたいします。これはTVT手術の問題が尿道周囲の一部に集中しておこるからです。
現在の世界的な注目点 膣よりエネルギーデバイスを挿入する技術が膀胱瘤を修復するのではないかと注目されていますが、論文数が少なく、まだ予測の範囲です。エネルギーデバイスには、ヤグ・レーザー、CO2レーザーなどがありますが、2019年米国政府はこれらの機器での膣のやけどなどの問題を7社に対して指摘しております。指摘されなかったメーカーは、非蒸散性エルビウム・ヤグ・レーザー(フォトナ社)だけでした。この会社の製品でしたら膀胱瘤の手術の術後に補強としての価値があるのではと注目した学会があります。腹腔鏡下メッシュ手術では、世界的注目は副作用がでた患者に対しての摘出手術です。摘出手術は技術的に難易度が高いために、どのような術式で取り除くのが安全かを研究が進んでおり、症例報告などの論文が出始めたところです。
よこすか女性泌尿器科のホームページからチェック!
奥井医師が長年膀胱脱に取り組んできたので、当院ホームページにはたくさんの資料があります。どれも、イラスト豊富な腹圧性尿失禁の解説です。
腹圧性尿失禁1 いろいろな尿失禁
腹圧性尿失禁2 (切迫性尿失禁)
腹圧性尿失禁3 (いつりゅう性尿失禁)
腹圧性尿失禁4 (機能性尿失禁)
腹圧性尿失禁5 骨盤底筋体操
腹圧性尿失禁6 膀胱訓練と排尿日誌
腹圧性尿失禁7 保険認可手術
妊娠を希望する人でも、以前は尿道メッシュテープを挿入して腹圧性尿失禁を治療しました。しかし、性交渉の違和感や膣の痛み、妊娠中の人工物への不安、などがあり、勧めていいか毎回考え、結局はもう一人出産してからにしてほしいとお伝えすることが多かったです。
レーザー尿失禁治療が出現し、状況はかわりました。このような挙児希望者に対しての治療として、ひとつの選択です。
このため、妊娠出産する人が、人工物よりレーザー治療をの望みやすいということを、統計的に証明しようと論文を書きました。ずいぶん時間がかかりましたが、国際論文になりました。
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査読付き国際論文を比較することで、グローバルに理解できます。国際論文では、日本で知られているものとは違う分類で表記します
最初に、国際論文では腹圧性尿失禁を次のように分類します
腹圧性尿失禁は、膀胱頸部と尿道が適切に閉じることができない場合に発生します。これら尿道などの構造が下に移動し、弱くなった骨盤底の筋肉を通って膨らむ(ヘルニアになる)とき、それらは過可動性であると言われます 。ヘルニア、または 膀胱瘤は、尿道の角度を変化させ、尿道を開いたままにして尿を漏らします。腹圧性尿失禁には3つの分類があります。
タイプI SUI I 膀胱頸部と尿道は開いており、わずかに可動性が高く、ストレスがかかると尿道は2cm未満下に移動します。I型患者は膀胱瘤の兆候がほとんどまたはまったくありません。
タイプ II SUII II ダウン以上2センチメートルより膀胱頸部および尿道が閉じられるとhypermobileといいます。膣内に膀胱瘤がある患者は、IIA型腹圧性尿失禁といいます。膀胱瘤が膣の外側にある場合、それはタイプIIBとといいます。
タイプIII(重度)SUI III –尿道括約筋は非常に弱い場合です(内因性括約筋欠損症と呼ばれます)。
また、腹圧性尿失禁だけの場合は、SUI. 腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁が同時にある場合は MUIといいます。
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奥井教授の医学情報誌
当院ホームページでは、論文をわかりやすくしたものが用意されています
辞典すべてを見る場合は、こちらから
腹圧性尿失禁特集は、こちら
動画で情報を。当院のYouTubeから。
動画にて、さまざまな尿失禁のエッセンスを紹介しています
比較的容易に理解できるものから、すごく専門的な内容まで、いろんなパターンで準備しています
スウエーデンでは、尿道のメッシュを挿入すると妊娠希望の女性は、経腟分娩を避ける傾向にあるとわかりました。当院の妊娠希望の方のデータを踏まえて解説します。意外なことに、妊娠希望と腹圧性尿失禁の関連をみた研究はほとんどありません。
デンマークのコペンハーゲン大学からの論文により、人工テープの手術の場合の合併症は、TVT手術のほうが、TVT-O手術(日本ではTOT手術といいます)よりも少ないとされます。合併症は、術後長期におこる切迫性尿失禁、感染、疼痛、性行為痛です
混合性尿失禁では、腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁が同時に存在します。以前は、腹圧性尿失禁に手術、切迫性尿失禁に投薬というのが一般的でしたが、時代は変化しつつあります。ポイントは、尿道と膣の両方を同時に治療していくことです。43歳の女性を例に説明をします。
腹圧性尿失禁の手術は、いままでの中部尿道スリングのみでした。このため、この治療がうまくいかなかったケースが存在します。このケースは、(1)解剖学的間違い (2)尿失禁メカニズムの問題 (3)人工物の神経刺激 の3つにわけることができます。当院は、全国から(1)解剖的間違いのためのメッシュ摘出を依頼されてきましたが、最近は減ってきました。かわってクローズアップされるのが、(2)と(3)です。今回は、これらについて、イスタンブール大学産婦人科の出した論文を紹介しつつまとめます