乳がんサバイバー
乳がんになりますと手術以外にも、抗がん剤やホルモン治療を行います。この治療は、骨髄の細胞の活性化が落ちたり、女性ホルモンの枯渇を招きますので、骨盤内臓の血流や性器の血流が極端に減ります。このため、GSM(閉経関連性器泌尿器症候群)や骨盤臓器脱になりやすいです。このことは、海外の乳がんのガイドラインには、骨粗鬆症のリスクと並びしっかり書かれています。
しかしながら、日本国内では専門家が少ないのが実情です。乳がんを経験した女性をサバイバーBCSといいます。
当院では、積極的にこの分野に取り組むことにより、データを蓄積して治療ノウハウを研究しています。そしてそのノウハウを英語査読論文として医学誌にのせることに成功しました。いままでなかったマニュアルです
Nobuo Okui. Vaginal Laser Treatment for the Genitourinary Syndrome of Menopause in Breast Cancer Survivors: A Narrative Review. Cureus. 2023 Sep; 15(9): e45495. doi: 10.7759/cureus.45495
乳がん治療の抗がん剤は、なぜ、骨盤底を弱くするのか?
一般に、抗がん剤は骨髄の中の幹細胞の力を弱くします。このため、性ホルモンの製造能力が落ちるほか、骨盤底筋を構成している筋肉の修復材料を提供しなくなります。もちろん、乳がんのホルモン治療をすれば、女性ホルモンが枯渇するので、骨盤底の筋肉は修復しなくなります。したがって、骨盤底の筋力の低下を招きます。
BCSの骨盤臓器脱手術のポイントは?
乳がんの治療の後遺症で弱くなったために、支えきれずに膀胱や子宮が落ちてくる病態です。厄介なのが、子宮筋腫などの理由で子宮を摘出しているケースです。修復すべき骨盤底の一部が切り取られています。
そこで、BCSの骨盤臓器脱は、弱い筋肉をいかに寄せて体重を支えることができるようにするかということになります。現時点では、多くのドクターが人工メッシュを使えば良いと提案するかもしれません。しかし、重要なのですが、BCSにおいて、人工メッシュが安全というデータは存在しません。逆に、BCSの方が人工メッシュに感染などのトラブルを起こしやすいというデータもありません。(データがないから、安全とは言えません)
当院での提案は、残された筋肉を寄せて形を作り、足りない部分は生体組織(お腹の脂肪とか筋膜)で補いという方法です。
BCSのGSMについてはデータが出ている。
BCSは、性器や泌尿器が委縮することも知られています。これをGSM(閉経関連性器泌尿器症候群)やVVA(萎縮性膣炎)、尿道狭窄といます。これらに関しては、治療法に関するデータが十分出ています。その治療法は、レーザー治療です。
萎縮した部分へレーザーを照射することで、細胞が再生をしようとします。その現象を利用して、萎縮した部分に厚みを取り戻させるのです。
ただしこれには条件があります。そいれは日本国では使われていない、EU(ヨーロッパ)のガイドラインにあるレーザー治療です。
では、そのレーザー治療での効果を説明した論文をいくつか紹介します。
その前に重要なポイントがあります。誇張した情報や惑わす情報を見てはいけません。それには、
(1)査読委員による審査を受けた論文であることです。よく学会で発表するだけで、さも効果があるように書いているホームページがありますが、学会での発表は容易なことで査読がありません。対して、医学論文として成立するには、いろいろな専門家が論文を検証しないといけません。
(2)PubMed および PMCに載っていることです。最近は、一見すると学術論文のように見えるものがあります。それはお金さえ払えば、英語の論文(風)になり、インターネツトに載せます。しかし、これらの文章は、論文としての条件が揃っていません。PubMedは、アメリカ国立医学図書館(NLM)が提供する、無料の医学関連分野の文献データベースです。PMCとは PMC(旧PubMed Central)は米国の国立医学図書館(National Library of Medicine=NLM)が提供するオンラインジャーナル公開プラットフォーム/データベースです。
(A)【当院の海外論文】BCSのGSMに対する2種類2箇所のレーザー治療の統計Cureus. 2023 May; 15(5): e38604.
Efficacy of Two Laser Treatment Strategies for Breast Cancer Survivors With Genitourinary Syndrome of Menopause
当院で治療をした乳がん患者約250人の患者の統計です。BCSの泌尿器・生殖器治療の難しさを正直に書きました。痛みに対しては、こだわりを持って治療をしています。それに使うのは、Fotona社のインティマレーザーです。
(B) BCSのGSMに対する1種類2箇所のレーザー治療による統計
Superficial dyspareunia treatment with hyperstacking of erbium:yttrium-aluminum-garnet SMOOTH laser: a short-term, pilot study in breast cancer survivors
イタリアにおけるBCSを対象とした広範囲のレーザー治療の効果を統計したものです。使用したレーザーは、同じくFotona社のインティマレーザーです。
BCSに対する膣のレーザー治療は、世界中で研究されています。当院は膣だけでなく、陰唇も含めて全体にレーザー照射が望ましいとデータを出しました。大変広範囲にレーザーを当てることになるので、できるだけ弱いレーザーで、時間をかけて照射します。
日本の患者にもたらす利益
このマニュアルを国際論文として成立せたことで、多くのメリットがあります。
GSMの改善と生活の質の向上
乳がん治療後、特にホルモン療法や化学療法を受けたBCSは、早期閉経を迎え、GSMを経験することがあります。GSMは膣乾燥、かゆみ、灼熱感、性交痛、排尿障害などの症状を引き起こし、生活の質を著しく低下させます。本研究で示された膣レーザー治療は、これらの症状を効果的に改善し、患者の生活の質を向上させることが確認されています。膣の健康状態の改善により、性交痛が軽減され、性機能の向上が期待されます。
非ホルモン療法としての安全性
BCSはホルモン療法による再発リスクのため、エストロゲンを含む治療が制限されることが多いです。しかし、膣レーザー治療は非ホルモン療法であり、ホルモン療法に依存せずにGSMの症状を改善することができます。これにより、再発リスクを心配することなく、安全に治療を受けることができます。
効果的な治療プロトコル
本研究は、非熱破壊性のエルビウムドープド・イットリウムアルミニウムガーネット(Er)レーザーとフラクショナルマイクロアブレイティブ二酸化炭素(CO2)レーザーの2つの主要なレーザーを評価しています。これらのレーザーは、膣組織のリモデリングと再生を促進し、コラーゲンの新生や血管新生を誘導します。具体的なプロトコルに従い、一定の間隔で複数回のレーザーセッションを行うことで、持続的な効果が得られることが示されています。
長期的な効果と安全性
多くの研究で、膣レーザー治療が長期間にわたり効果を維持することが示されています。例えば、24ヶ月にわたる追跡調査で、症状の改善が持続することが確認されています。また、副作用は軽微であり、治療中および治療後の安全性が確保されています。これにより、BCSは安心して治療を継続することができます。
日本における実践と応用
日本の患者にとって、この治療法は新たな選択肢となります。欧米のガイドラインに基づくレーザー治療は、日本国内ではまだ一般的ではないものの、本研究の結果を基に普及が進むことが期待されます。医師や患者は、信頼性の高いデータに基づいた治療法を選択することができ、より良い治療結果を得ることができます。
本研究により、BCSの生活の質向上に寄与する膣レーザー治療の有効性と安全性が明確に示されました。これにより、日本のBCSは、GSMの症状を効果的に管理し、生活の質を向上させるための新たな治療オプションを得ることができます。今後も、この分野でのさらなる研究と実践が進むことを期待します。
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