1 便失禁とは?
便失禁とは、排ガスや排便を十分にコントロールできない状態のことです。そのコントロールできない程度としては、軽いもの(ガスが少しもれるもの)から、大変重症なもの(軟便や固形便が漏れてしまうもの)まで、実に様々です。
便失禁については、大なり小なり、だれしも経験があるとおもいます。でも、そのことを、病院へ行こうとおもうのは、なかなかできません。でも、便失禁があると、自分自身も大変気分がよくないし、自分の臭いが周囲に迷惑をかけていないかと、心配でたまらないという人もいます。
2 便失禁の原因
便失禁の原因は、さまざまです。最も多いものは、出産時の損傷です。
出産の際に肛門括約筋が傷付くと、その後加齢とともに、肛門括約筋の強さが低下します。このことで便失禁が起こるのです。肛門括約筋をつかさどる神経に傷がつく場合があります。神経の障害は出産後すぐに分かる場合もありますが、高齢になるまで症状がでない場合もあります。
以前、僕が東京で勤務していた病院の婦長さんが教えてくれたこともありました。その話では、本当に最近までお産婆さんによる出産で、このマンガのようにお中の上にのられて押さえつけられていたそうです。その時に括約筋を損傷してもおかしくはありません。
また、肛門や肛門周囲組織に対し手術をしたことも原因になりえます。けがでも原因になりえます。肛門周囲の組織にバイ菌がはいり、感染症が起こった場合も肛門括約筋が傷付くことがあります。
ひどい下痢で、液状の便が頻回に出てくるために、便失禁になることもあります。下痢に出血が伴う場合には、診察が必要です。腸が炎症を起こしていたり(腸炎)、直腸腫瘍や直腸脱があれば、早急に医師の治療が必要なのです。
高齢者で長期臥床の人では、下剤の使い方が安定していないので、下痢と便秘を繰り返す場合もあます。この場合も、便失禁になります。
多発性硬化症や糖尿病といった病気は肛門括約筋を支配する神経を障害するので、便失禁となることがあります。
介護の視点からいえば、便失禁は、褥瘡の原因にもなります。
便失禁3 排便のシステムを考える
便失禁の原因を考えます。ここで、重要なのは、便失禁を肛門だけの問題にとらえないことです。そこで、まず、大腸が便を形造って、肛門まで運び、適切に排便するまでを考えてみましょう。ただ、ここで、重要なのは、肛門だけを考えていても答えがでないということ。全体のバランスが大切です。
1.適切な量と粘度の便が直腸に送られてくる。
2.直腸に溜まる。
3.便意が起こる。
4.トイレに入って排便できる体勢になるまで便を保持できる。
5.排便できる。
このためには、詳しく説明をすると、
① 括約筋が緩んで、肛門内圧が下がる、
② 直腸肛門角が鈍角になって、便が通りやすくなる
③ 便が形状を変えて肛門を通過する
④ すべての便が出るまで継続する
便失禁4 構造的原因を考える
では、最も健康な排便習慣を考えて見ましょう。
毎朝朝食後に一回必ず排便するというのが、若いころは、みなさんが望みます
加齢とともに、便秘がつよくなり、運動能力が低下すると、2日に1回とか、3日に1回とか、回数がへってきます。
さて、朝の排便の習慣的にある人は、
朝食事をすると、総蠕動と呼ばれる大腸全体の蠕動運動が起こります。
この運動で、直腸に溜まった便だけではなく、大腸の内容物が殆ど全部出ます
便失禁と便秘。これは、双子のようなものです。便失禁は、便が不適切な時に出るのが問題ですが、
便秘は、適切な時に便が出てきてくれなくて困る問題。排便全体から考えると、実に、共通点がおおいのです。
直腸瘤が原因の便失禁もあります。
たとえば、直腸瘤を例にあげます。直腸瘤は、性器脱のひとつで、直腸が膣の方へ落ちてしまうこと。直腸脱とか、経膣直腸脱という言い方もあります。
この図の場合は、小腸瘤と直腸瘤です
便失禁5 どのようにして便失禁の原因を見つけ出すか?
便失禁の原因を確認するためには、まず医師の診察を受け、便失禁の程度と、生活におよぼす影響について確認します。勇気をだして医師を受診してください。
便失禁の原因は、詳しく病歴を聞くとわかります。ですから、受診の際は、いままでの経過をまとめておくと大変よいとおもいます。僕のところを受診される実に多くの人が、自分でワープロでまとめをかいてこられます。いつも感心するほどです。
特に重要なのは、
① 過去の出産歴(出産の回数が多かったり、児の体重が大きかったり、鉗子分娩の既往、会陰切開がとてもおおきかったとか)
② 投薬についても重要(薬剤が原因となって便失禁をきたすこともとてもおおいです。特に下剤の使用方法が過剰すぎる人がおおい)
次いで肛門部をふくめ、陰部、骨盤内臓器すべての診察をします。肛門括約筋の損傷だけでなく、性器脱、尿失禁、萎縮性膣炎、尿道狭窄など、大変重要です。
便失禁6 さまざまな治療方法
便失禁の原因と程度がわかれば、治療方針をきめます。常識的には、以下のようなものがあります。
① 食事指導
② 整腸剤での治療
③ 骨盤底筋体操(肛門括約筋を強くするために、体操をします。詳しくは、腹圧性尿失禁の説明の骨盤底筋体操、または、性器脱の説明の骨盤底筋体操みてください)
④ バイオフィードバック療法(排便時の肛門領域の知覚を改善して、肛門括約筋を訓練する方法)
⑤ 手術が効果的な人もいます
⑥ その他:
直腸領域の炎症性疾患(大腸炎など)などの改善。現在の内服薬の改善。
手術について: かつては排便コントロールが改善する見込みのない人は、人工肛門が一般的でした。しかし現在では、人工肛門が必要となることはまれです。それは、肛門括約筋の補強をする手術や、人工的な肛門括約筋の手術が研究されているからです。
では、それらの手術を歴史を通じて説明しましょう。
便失禁7 閉塞性排便障害
閉塞性排便障害
閉塞性排便障害というのがあって、これは肛門がとても硬くて、便が出しにくいことをいいます。この場合も便失禁の原因になりえます。また、慢性便秘の原因であることもあきらかです。
そこで、この障害をなおすために、考えられるのはつぎの2つです。
1)肛門が狭すぎるのだから、広げる手術や薬などを通じて出やすくする方法
2)直腸と肛門のちぐはぐな動きを改善させる方法
1-1)肛門をひろげるために、肛門括約筋を手術でゆるめて便がでやすくなるようにする方法。
これは、慢性便秘の理由が、「肛門の括約筋が異常に高度に収縮したままだから、肛門が狭い」という考えからでてきました。つまり、「肛門の括約筋を切れば、便が容易に出るようになる」と考え、日帰り手術で肛門括約筋を切開をする方法がとられていた時期があります。その結果としては、この方法は10-30%には有効とされています。
1-2)肛門をひろげるために、肛門括約筋を薬でゆるめて便がでやすくなるようにする方法。
ボツリヌス菌という細菌の毒素は、神経毒といって、神経をマヒすることで、筋を収縮できなくする能力があります。そこで、この毒素を投与します。直腸瘤を伴う排便障害に対して外肛門括約筋にその毒素を注射したところ症状改善と直腸瘤の縮小があったという報告があります。
2)直腸と肛門の動きを整える方法
バイオフィードバックといって、電気刺激により調節することがこころみられています。
便失禁8 肛門括約筋の補強
肛門括約筋の補強
肛門を取り巻く筋肉には、内肛門括約筋と外肛門括約筋の2種類あります。
大腸を動かしている筋肉が一番末端で太くなっている所が内肛門括約筋です。内肛門括約筋は基本的には自分の意思では動きません。
ここで、普段の生活では、肛門内圧(肛門の中の圧力。高いほど、しめつける能力がある。)の50-85%は内括約筋によりつくられます。つまり、一番強く絞めているものがこの筋肉です。外括約筋は25-30%、肛門のクッションが15%です。
さて、自分自身で調節できるのは、外肛門括約筋です。この外肛門括約筋は、それほど長い時間しめつけることはできません。だから便失禁に関しては外肛門括約筋だけではなく、内肛門括約筋が必要です。
便失禁9 恥骨直腸筋と直腸肛門角
恥骨直腸筋と直腸肛門角
一方で、恥骨直腸筋という筋肉は大変重要です。よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニックのように尿失禁からスタートした僕らにとっては、実になじみのある筋肉です。恥骨から後ろに出て直腸を回ってまた恥骨に戻ってくるものです。恥骨尿道括約筋とよくにています。これが肛門管の上縁を前方へ引っ張るために、直腸の長軸と肛門の長軸に角度直腸肛門角をつけるのです。
この直腸肛門角については、講談社から小生とマンガ家もたいみゆきさんで、よくわかるものを描いた一節がありますので、みてください。(この本は、われながら、実に、よい本とおもいます。)
Parksらにより1965年に提唱されたメカニズムで、Flutter Valve Actionと呼ばれています。
便失禁10 手術① 肛門周囲の筋肉をもちいて肛門括約筋を補強する方法
残っている肛門括約筋には十分な機能がのこっていないと考える場合、まず、肛門の周囲で肛門を締めることに関係する筋を使って肛門の締まりを補強します。それには、恥骨直腸筋を後ろで縫い縮める方法や恥骨直腸筋を前で縫い縮める方法などがあります。この程度ですむことは多いので、検討の価値があります。
よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニックでは、尿失禁や性器脱でえた特殊な技術をもちいて、わずかにでも肛門括約筋の力がのこっていれば、補強することができないか、挑戦をつづけています。とくに性器脱を合併している場合は、数多く患者さんと一緒に手術を取り組んで、すごく効果がありました。
しかし、この治療は、たしかに効果的であったけれどメッシュという遺物の問題がありました。
直腸からメッシュが出たり(当院では経験がない)、炎症をおこすことがしばしばでした。
そのため、2015年より、実施はしていません
便失禁11 筋肉移植による肛門機能再建方法
手術② 筋肉移植による肛門機能再建方法
癌の手術のために肛門を完全に切除している場合や重症の痔瘻などのため肛門の周囲に機能する筋が残って全く残っていない場合があります。この場合は、肛門括約筋のかわりになる筋をどこからかもってくることが必要です。多いのが、薄筋移植による肛門機能再建方法や、人工肛門括約筋を挿入することになります。よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニックでは、実施するのを停止しております。生着率がよくないのです。ここでは、参考までにイラストを紹介します。
癌の手術のために肛門を完全に切除している場合や重症の痔瘻などのため肛門の周囲に機能する筋が残って全く残っていない場合があります。この場合は、肛門括約筋のかわりになる筋をどこからかもってくることが必要です。多いのが、薄筋移植による肛門機能再建方法や、人工肛門括約筋を挿入することになります。よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニックでは、実施するのを停止しております。生着率がよくないのです。ここでは、参考までにイラストを紹介します。
天然では生着率がわるいので、人工物という考え方がでてきました。
この治療は、2016年保険認可されました。
すでに米国では、人工装置という遺物の問題がありました。
そこで、
手術③として
レーザーの治療を2017年から開始しています。
便失禁12 レーザーによる便失禁治療
この論文では、肛門から非蒸散性エルビウムYAGレーザー照射をおこなうことで、直腸瘤や直腸脱の改善に成功したことをケースレポートしています。
膣と直腸の壁が重要な臓器なので、この部分を強化することで、便の改善につながります
データでは、3回のレーザーが効果的に働くとされています
便失禁12 順行性洗腸と自分できる浣腸
一日一度の排便で大腸の大部分の便を出してしまえば便失禁の問題は少なくなるわけです。大腸に500ccから1000ccの温水を注入すれば、総蠕動が得られて、その後24時間から72時間肛門からは何も出ない状態を作ります。これは、もともと人工肛門にに対して主に行われ、広まった方法なのですが、脊椎障害麻痺のある人の主に便秘の人に対して、虫垂や盲腸の一部を皮膚のまで出して固定しそこから盲腸に注水できるようにする手術がされている施設があります。当院では、この手術はおこなっていませんが、その代わりに、自分で浣腸するケアを指導します。これは、温水を準備して、肛門から流し込み、そして、排便をするものです。
介護のテクニック摘便 と 排便の基本
何度もお話したように、便秘と便失禁は、ふたごの関係にあります。しっかり排便することが重要ですが、そのために介護のテクニックとして摘便があります。これは肛門から指をいれて、便をかきまぜて、出やすくするものです。介護の基本なので、ぜひ知っておいて下さい。